右でも左でもないけれど。

昨日は、皇后陛下71歳のお誕生日。
とあるサイト経由で、宮内記者会の質問に対する文書ご回答(平成17年10月20日に際しての)を見つけ、問1から問3までを順に読み、いたく感動しました。
もうね?特に、問3のご回答?
うん。あれは、本当に胸がいっぱいになるエピソードだよね〜。(目頭を押さえつつ)



問3
紀宮さまの嫁がれる日が近づきました。
初めて女のお子様を授かった喜びの日から,今日までの36年の歩みを振り返り,心に浮かぶことや紀宮さまへの思いを,とっておきのエピソードを交えてお聞かせください。
そして皇族の立場を離れられる紀宮さまに対して,どのような言葉を贈られますか。


以下、問3のご回答を抜粋。

清子は昭和44年4月18日の夜分,予定より2週間程早く生まれてまいりました。
その日の朝,目に映った窓外の若葉が透き通るように美しく,今日は何か特別によいことがあるのかしら,と不思議な気持ちで見入っていたことを思い出します。
自然のお好きな陛下のお傍で,二人の兄同様,清子も東宮御所の庭で自然に親しみ,その恵みの中で育ちました。
小さな蟻や油虫の動きを飽きることなく眺めていたり,ある朝突然庭に出現した,白いフェアリー・リング(妖精の輪と呼ばれるきのこの環状の群生)に喜び,その周りを楽しそうにスキップでまわっていたり,その時々の幼く可愛い姿を懐かしく思います。


清子の嫁ぐ日が近づくこの頃,子どもたちでにぎやかだった東宮御所の過去の日々が,さまざまに思い起こされます。


浩宮(東宮)は優しく,よく励ましの言葉をかけてくれました。
礼宮(秋篠宮)は,繊細に心配りをしてくれる子どもでしたが,同時に私が真実を見誤ることのないよう,心配して見張っていたらしい節もあります。
年齢の割に若く見える,と浩宮が言ってくれた夜,「本当は年相応だからね」と礼宮が真顔で訂正に来た時のおかしさを忘れません。
そして清子は,私が何か失敗したり,思いがけないことが起こってがっかりしている時に,まずそばに来て「ドンマーイン」とのどかに言ってくれる子どもでした。
これは現在も変わらず,陛下は清子のことをお話になる時,「うちのドンマインさんは…」などとおっしゃることもあります。
あののどかな「ドンマーイン」を,これからどれ程懐かしく思うことでしょう。
質問にあった「贈る言葉」は特に考えていません。
その日の朝,心に浮かぶことを清子に告げたいと思いますが,私の母がそうであったように,私も何も言えないかもしれません。

えぇ。素敵に年を重ねる、っていうのは…
正に、こーいうことをいうのだと思いました。(しみじみ)